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関西医療大学 教員ブログ[鍼灸学科 スポーツトレーナーコース]

2012/03/09(金)

鍼灸+アスレティックトレーナーという進路


 皆さんこんにちは、関西医療大学の内田靖之です。
 私は、はり師・きゅう師の国家資格と、(財)日本体育協会公認アスレティックトレーナー(AT)、日本トレーニング指導者協会トレーニング指導者(JATI-ATI)という2つの民間資格を保有しています。これらの資格を有効活用しているかどうかは分かりませんが、大学教員と某大学サッカー部トレーナーとして活動を続けています。
 そんな私が「トレーナー」という言葉を知ったのは高校2年生の頃でした。その頃(1993年頃)私は陸上部でやり投げをしていましたが、オーバーユース、誤ったフォームなどが重なり肘を患っていました。今になって思えばあれが原因だったな、もっとこうすれば良かったなと考えることができるのですが、当時はそんなことを考えもせず、負荷の高い筋力トレーニングが効くんだ、と思い込んで肘を痛めつけていたように思います。
 そんな中、ある試合の1投目です。右ひじが耳の横を通り過ぎる瞬間に「バキッ」という音がしました。これが決定的なものになり、結果として約1年間のリハビリ生活をおくることになりました。
 とはいってもリハビリなんてしたこともなく、右も左も分からない状況です。どうやっていいやら途方に暮れていたところ、友人から鍼灸治療がいいのでは、とアドバイスをもらったのでした。初めての鍼灸治療は劇的な効果をもたらしました。それまで自発痛にも運動時痛にも苦しんでいたのが嘘のように消え、感動したことを覚えています。
 この体験は、漠然とスポーツに携わる仕事に就きたい、と思っていた自分にとって最も衝撃的な出会いとなりました。そこから色々と進路を探っていく内に、スポーツに携わる仕事として「トレーナー」という仕事があることを知りました。「鍼灸」と「トレーナー」この2つを両輪として生きていっている人たちがいることを知った私は、進路の最有力候補として考えていくことになります。
結局、痛みが無くなった自分は、治った、と勘違いしてしまい、またしても肘を故障することとなりました。痛みが消えた=治った、ではないことを選手に説明するときに、このことをいつも思い出します。
 上記のような出来事のおかげで、当時の自分は「トレーナー」=「治療家」というイメージを持っていました。そのまま自分の進路として体育系大学ではなく、関西鍼灸短期大学(現:関西医療大学)を選んだのも自然なことでした。関西鍼灸短期大学は当時珍しく日本体育協会公認アスレティックトレーナーと鍼灸のカリキュラムを含んでいましたので、「自分の進路はここしかない」という気持ちが強くありました。そこから卒業し、紆余曲折を経て現在の私があります。何だか振り返ると、あれもこれも今の自分のためにあったような試練や出来事でいっぱいです。でも試練や出来事と今の自分のリンクを感じるのは、資格取得後である気がします。
関西医療大学は鍼灸師、日体協公認AT、JATI、健康運動実践指導者の資格にチャレンジできる大学です。沢山の資格取得を目指しますが、資格を取得する過程は、資格を取得した後の大きな伸びしろのために必要であると思います。どんな資格も取得後に大きな成長を感じられます。それは取得過程でどこまで頑張ってきたのか、ではないでしょうか。過程で「どんな人間になりたいのか」を沢山考えることが、更なる成長を促すと信じています。大学生活で、少しでもそこを追求してもらえれば、教員として嬉しく思います。


※教員・卒業生のスポーツ現場に於ける主な実績:3月7日現在(文責:増田研一)

  • 増田教授がチームドクター、卒業生の下地達朗氏、学生の橋本健太君がトレーナーを務めるシュライカー大阪は2011Fリーグで準優勝しました。

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